アカエイ種判別問題
- Shigehiro Kuraku
- 5月3日
- 読了時間: 4分
更新日:5月14日
昨年末、「160年越しの新発見 日本で最も身近なエイ『アカエイ』が複数種であることを解明し、新種を記載」というニュースが話題になりました。今回はこれに関連して、唐突に思われるかもしれませんが、アカエイの「種判別」について少し書いておきたいと思います。
当研究室では、2021年春からアカエイ(Hemitrygon akajei)の全ゲノムシークエンスに初めて挑み、すでに2025年春にその配列を国際データベースにて公開しています。実は昨年末の板鰓類研究会シンポジウムにおいて、私自身「全ゲノムシークエンスに供した個体が本当にアカエイだったのか、あるいはアリアケアカエイ(Hemitrygon ariakensis)だったのか、確認が不十分なままである」と疑問を呈していました。このことで不安が広がり、前提が揺らいでしまっては良くないと考え、その後日談をここに記す次第です。
結論から申し上げますと、ゲノムを読み取った個体は「アカエイ」ということで問題なさそうです。上記の種判別問題を精査された長崎大学の山口先生から、アリアケアカエイと判定された個体のミトコンドリアDNA配列断片を共有していただきました。その配列は、公共データベース内のアリアケアカエイの配列エントリと酷似していました。一般に、公共データベースに登録された配列であっても、由来となる個体の種判別が妥当でないケースもあります。そのため、「H. ariakensisの配列」として登録されていても、最初から鵜呑みにするのは危険です。そこで、山口先生からの確実な配列との照合が必要だと考えたわけです。これら H. ariakensis とされる配列は、アカエイH. akajeiとして登録されている配列とは明確に異なっており、種間の判別が難しいとされるエイ類にあっても、十分に区別して認識できるほど大きな差異があると感じました。ここまでの要点をまとめますと、NCBIに H. ariakensis として登録されている配列(具体的には、LC277747.2、LC020858.1、LC499381.1)は、アリアケアカエイのものと考えてよさそうです。
では、当研究室で全ゲノムシークエンスを行った個体はどうだったのでしょうか。上記の二群、つまり「アカエイ」として登録されている配列群と「アリアケアカエイ」として登録されている配列群を総覧できるよう、共通して照合できる12S rDNAの塩基配列をアラインメントしました。その結果、私たちの配列はアリアケアカエイではなく、アカエイの配列の多様性に内包される形となりました。さらにデータベース中の配列を眺めると、この二群のあいだに、別種のものとされる配列も割って入ってきます。ともあれ、公開したゲノム配列が別の種のものだったと訂正する必要はなくなり、胸をなでおろしました。言及が遅れましたが、当のアカエイ個体は、岡山大学理学部付属牛窓臨海実験所の坂本竜哉先生はじめスタッフの皆さんに採捕・供試いただいたもので、改めてご協力に感謝申し上げます。
当研究室では、ゲノムシークエンスを行った個体の試料は、可能な限り「証拠標本」として博物館に保存することとしています。ゲノム情報学における証拠標本の重要性は学術論文(例:Buckner et al., 2021)でも指摘されており、事実、この論文の主要著者との直接のやり取りが、当研究室での取り組みを後押ししてくれました。ゲノムシークエンスにおいては、DNA等の試料を抽出するために組織を採取する必要があるため、手元に残るのは解剖後の傷ついた体になります。それでも、小さくない生物種・個体であれば、心がけ次第でかけがえのない標本となります。追跡可能な形で残しておけば、今回のように種判別の手がかりとなる形態学的な特徴をあとから確認することも可能になるのです。
私たちが全ゲノムシークエンスを行ったアカエイ個体が証拠標本として残されていることは、こちらのゲノムアセンブリエントリにある「specimen_voucher="MNHAH A1111037"」という表記から読み取っていただけます。「MNHAH」というのは、兵庫県立人と自然の博物館(略称:ひとはく)の機関コードです。この博物館がある三田市は(海生のアカエイが棲む)海沿いではないのですが、プロジェクト着手時の本拠地に近くご縁があったことと、以前遺伝研に所属しておられた高橋鉄美さんや、レッドリストゲノムプロジェクトの仲間である中濱直之さんのご案内もあり、組織採取後に寄贈させていただいたという経緯があります。現在この「ひとはく」では、今回話題にしたアカエイ個体にちなんだ展示も含め、5月末まで企画展「DNAってすごい」が行われています。お近くの方は、ぜひこの稀有な展示に足をお運びいただければ幸いです。
なお、今回触れたアカエイの全ゲノムシークエンスに基づく解析は、先日の性染色体同定の論文にも盛り込んでおり、そこでアカエイがX染色体を2本(!)持つことを示しました。この論文の中ではアカエイのゲノム配列取得プロセスについては詳述しておらず、別の論文にて報告するとしていました。現在、ささやかな内容ながらその補助的論文についても出版に向けた査読の最終段階に入っています。



